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窓ぎわのトットちゃんより 園長先生のことば
今日は、トットちゃんの園長先生のことばを 引用させていただこうと思う。 「どんな子も、 生まれたときには、いい性質を待っている。 それが大きくなる前に、 いろいろな、 まわりの環境とか、大人たちの影響で、 スポイル(台無しに)されてしまう。 だから、早く、 この『いい性質』を見つけて、 それをのばしていき、 個性のある人間にしていこう」 さんぽも、ほとんど同じ感覚だ。 すこーし違うのは (どっちがいい、わるいではない) さんぽ(というか、ひがし)の感覚は 「この『いい性質』を見つけて、 それをのばしていき」 という部分が、 のばす のではなく つぶさない。 そのままで。 という言葉に近い。 つぶさない、けさない、なくさない、 かくさない、欠けさせない、 スポイルされないように。 つまり そのままで。 その子のままで。 そんな感じ。 もちろん小さい人たちが 自分でのばしたいなら、 のばしたらいい。 のばせるように 機会もそこに置いておきたい。 でも、 期待はしたくないし、 自分で選んだらいいと思う。 期待しないように 「これは才能だから伸ばすべき
2025年5月30日読了時間: 2分


巣鴨とラーメン二郎
人生で二度目の巣鴨へ。 なんと病院に行くために。 最近のどの調子がよくなくて、 たまたまみつけたのが巣鴨のクリニックさんだった。 めったに病院行かない僕が 病院だなんて。 正直、怖かった。 なんと言われるかと。 まだ完全に「なにもない」と 分かったわけじゃないけれど、 いったんは「問題なし」だそうで。 よかった。 そんなことがあったので 今日はいつもよりさらに 生きていることがありがたいなって思う。 そして 巣鴨、とても楽しかった。 何時間でもいられそう。 すっかり気に入ってしまった! と、いうわけで。 自分へのご褒美で 大好きな西台のラーメン二郎へ。 ここは、僕が保育を始めたときに お世話になっていたラーメンやさん。 かれこれ10年前だ。 店主さんが男らしくてとってもかっこよく ラーメンもお人柄がでる感じで。 体調悪い時とかも ここの野菜で元気頂いてたのだ。 いってみたら、 なんと店主さん、いない??? と思ったら休憩中だったようで。 (昔は休憩すらできない感じだったから、よかった) 相変わらず最高の笑顔でした。 あら不思議、 ラーメンの味より
2025年5月29日読了時間: 2分


水たまりあそび
今日は水遊びになった。 この水たまり、 実は自然にできたものじゃない。 蛇口をひねって出た水で できた水たまり。 もちろん公園の、蛇口だ。 ゆれる僕のこころ。 水がもったいない。 他の人が見ていたら。 歩く人がこまる。 当然心の声はうかんでくる。 そして もちろん子どものころ 僕もこれをやってきた。 とめたい自分。 やりたい昔の自分。 どちらのシナリオも、 ありだと思う。 とめない保育者である僕だが 「いいよ」「じゃんじゃんやれー」 とだけ思っているわけでもない。 むしろ止めた方が楽だと思う。 できることなら。 さんぽは、子どもたちの世界であってほしい。 (もちろん、大人である自分が既にそこにいる時点で、完全に子どもの世界にはならないし、無言の答えも伝えてしまっているのだが) 水の神様へ。 たくさん使ってごめんなさい。 たくさん使わせてくれてありがとう。 公園管理の方へ。 この子達にとって かけがえのないひとときをありがとうございました。 いつも使わせてくださり、 本当にありがとうございます。 保護者さんへ。 とめない僕をみていると 色々もやもや
2025年5月28日読了時間: 2分


英語
ここ2年ほど、 スマホアプリで英語の練習をしている。 なんでかっていうと たとえば外国の大統領の話とか 外国の経営者さんの話を 通訳なしで読みたいからだ。 通訳ってもちろんありがたいけど、 自分のことばで理解できるわけじゃない。 よくもわくるも(わるくはない) そのひとのフィルターを一度通ることになる。 そのフィルターがないほうが 感覚的に話し手の言いたいことが感じられるかな と、思ってのことだ。 しかーし。 僕はどちらかというと きちっとしてたい人であり 見栄を張りたがるくちであり 下手だと思われて否定されるのが怖い人間だ。 だから、 まず発音から練習している。 結論、 いつまでたってもしゃべれない(笑) さんぽでは、 大人も子どもも、かざらない そのままでいることを大事にしている。 が、 正直これは建前なのだ。 何を隠そう、 自分ができてない。 見栄を気にしてちゃ、 嫌われるのを恐れてちゃ いつまでたっても 英語は上達しないと思う。 そして、 いまでたっても 小さい方達には僕の本音と魂のズレ 違和感感じまくりだと思う(笑) そう、 いつもいつ
2025年5月27日読了時間: 2分


窓ぎわのトットちゃん
名前は聞いたことのあった 『窓ぎわのトットちゃん』 いま、図書館で借りてよんでいる。 なんとこの本、 中身はかなり教育書だった!! 詳しいことは控えるが、 これは現代の小学校教員さんが読んだら 結構な衝撃を受けることだろう。 さんぽで考えてることと近いことも多かったこともあるが、 なによりこの本に出てくる校長先生は すごくかっこいいなと感じた。 自分は、さんぽではここまで まっすぐ自分であれていないなと いまは感じるから。 自分への自信のなさ、とか そういう次元ではない。 校長先生は 「私はこう生きる」 と、決めているような感じだろうか。 その、想いと行動とのズレのなさに 尊敬と共に心震えるものを感じた。 教育者はもちろんだが、 現代の保護者さんが読んでも 得られるものが多々あると思う。 もちろん時代も違う。 それでも、 読んだ人によっては 時代は変わっても変わらぬ 大切なものを受け取る人も 少なからずいらっしゃると思う。 黒柳さん、 1981年にこんな素敵な本を出されているとは。 いまでも多くの人の心にきっと響くはず。
2025年5月26日読了時間: 1分


健康
久しぶりに書いてみる。 最近、健康について以前より気を使うようになった。というのも、 自分の健康状態があまり芳しく感じてないからだ。 そんなときになり、 初めて思うことがある。 普通に生きられるということの喜び。 普通に息ができる。 身体が動く。 あるける。 匂いがする。 触れられる。 味わえる。 聞こえる。 見える。 風を感じられる。 植物や花をみられる。 ひとと話ができる。 仕事で悩むことができる。 ごはんをたべられる。 なにかを買うことができる。 そんな、 ふつーーーのこと。 でも 健康じゃないとできないんだよね。 あたまではわかっている。 あたりまえの日々のありがたさ。 わかっているといっても、 やっぱりほんとうにたいけんするまでは 本当の意味ではわならない。 体験したってわからないか。 そしてわかったつもりでも やはり時が経つとわすれる。 これは仕方のないことなのかもしれない。 それでも、 いまこの瞬間は 少なくとも 普通であることがなによりありがたいと思う。 忘れないでいたい。 だなら、 書き残してみる。 いまめのまえにいる人との時間
2025年5月25日読了時間: 2分
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