1歳児が泣くとき、どう対応する?「さんたは行かなくていいよ」に教えられた待つ保育
- sansanpomirai
- 3月30日
- 読了時間: 6分
長い階段が登れず涙
秋も深まってきた頃のこと。
傾斜がゆるやかで視界の広い、公園の階段の麓あたりで
1歳児のたっくんが泣いている。
寒くなってきたこと。
小学生の大群が通りかかり、圧倒されたこと。
登り階段で、ちょっと疲れていたこと。
いろんな理由はあると思うが、
明らかなのは、たっくんが僕に近づこうとしていたこと。
しかし階段で思うように身体が動かないでいるようだ。
「さんたーーー」
と、言っているような気がする。
僕は、たっくんより10段近く上にいた。
_
こういうときも、悩む。
近づいていって抱きしめることは、簡単だ。
でも、本当にそれでいいのだろうかと悩む。
大人がみせる”優しさ”というやつが、
時として子どもの成長を阻むことになりうるからだ。
少し様子を見ることにした。
近くに同じく1歳のじろーくんがいた。
たっくんもじろうくんも、まだ2語文はあまり出ないくらいで、
早生まれに近いほうだ。
さんた「たっくん、泣いてるね・・・」
と、つぶやいてみた。
そして、ちょっとだけたっくんに近づいてみようかなと、
たっくんの方を向き、一歩踏み出すか出さないかの時のこと。
ふと、誰かの手が僕の前にある。
なんと、じろーくんが僕の動きを制しているのだ。
じろーくんの目線は、たっくんを見つめている。
僕の方を見ていない。
僕になにか言うこともない。
でも、その手から明らかに感じるのは、
「さんたは行かなくていいよ」
という気持ちだった。
なぜかわからないけど、はっきりとそう感じた。
(違っているかもしれない、とも思いつつ)
じろーくんは、たっくんの元に向かって階段を下りていった。
どうするのだろう。
と、思ってみていると。
じろーくんはたっくんの背中をさすりはじめた。
しかしたっくんは、その手を拒む。
たっくん「いやだいやだ(という感じの喃語)」
いつものこの子たちの関係を見ていると、
いやだと拒まれた場合、怒り返すということが多い。
しかしこのときのじろーくんは、何かが違っていた。
目も、気持ちも違っている気がした。
腹が座っている?何かを決めている感じがした。
じろーくんは、まだ”何か”を諦めなかった。
たっくんの目の前に移動した。
そして、たっくんより目線を下げて視線を下ろし、
じーっとたっくんを見つめだしたのだ。。。
彼なりの言葉で、何かを語りかけてもいただろうか。
なんとも暖かい眼差しにみえた。
(みえただけで、やはり本当は違うかもしれない)
それでも、たっくんはじろーくんを拒んだ。
軽く押したりしていた。
これには介入しようか迷ったが、
しばらくしてじろーくんがこちらに戻ってきた。
さんた「・・・どうだった?」
声をかけてみたが、
じろーくんはこちらを見ない。
でも、目の色は変わっていない。
やれることはやった、ということだろうか。
伝えることはつたえた、ということか。
僕にはだめだった、という諦めはあまり見えなかった。
じろーくんはそのまま階段を登っていった。
僕もそのあとをゆっくりとついていった。
それから、たっくんの泣き声はあまり聞こえなかった気がする。
その数分後、階段の上の広場で過ごしている僕のもとに
たっくんは自力でやってきた。
悲しみに満ちた雰囲気ではなかった。
たんたんと、ここに来たという感じがした。
たっくんは、どう思っていたんだろうか。

帰り道でも。
公園から帰るタイミングになった。
このときも、足取りが重いたっくん。
ちかくにはじろーくんもいた。
これはもう、体力的に厳しいだろうか。
さすがに手を差し伸べるべきだろうか。
でももう少し待ってみたくて
他の大人に声をかけて、
大人二人でたっくんとじろーくんを待ってみることにした。
動けず泣いているたっくん。
再びじろーくんは
たっくんを励ましていた。
今度はじろーくん、ティッシュかなにかで
うごけなず泣いているたっくんの涙を拭いていた。
そしてたっくんは、
じろーくんのことをあまり嫌がらず、
受け入れているように見えた。
大人二人で、何分待っただろう。
時間をかければいいという話ではないが、
じろーくんは、たっくんを手伝うこと。
寄り添うことをあきらめなかった。
本当に、あきらめなかった。
その姿に、
大人二人でこっそり涙してしまった。
最終的には、とても迷ったが
「抱っこしようか?」
と声をかけてみると
二人ともうなづき、
4人抱っこで帰路についたのだが。
抱っこしつつも、
みんなの心の中には温かいものが広がっていた。
待つこと。
ただ待つだけも、たぶん違う。
二人の気持ちを感じつつ、
でも子どもたちの世界が見てみたくて。
そこで見えてきた、じろーくんの姿。
そして
じろーくんだけではない。
たっくんも、じろーくんの気持ちをうけて
何かが変わったのだ。
こういう瞬間は本当に感動する。
子どもたちの世界のなかで
なにかが生まれる瞬間。
ここに立ち会えたことに
ただただ感謝だった。
_
1歳児でも、気持ちはやりとりされている
今回の出来事で感じたのは、
1歳児でも、言葉がなくても、
気持ちは確かにやりとりされているということだ。
じろーくんは、
大人に頼らず、自分で関わろうとした。
たっくんもまた、
最初は拒みながらも、その関わりを少しずつ受け取っていた。
もしあのとき、僕がすぐに抱き上げていたら——
じろーくんの関わりも、たっくんの変化も、
見ることはできなかったかもしれない。
かといって、
何もせずに放っておくだけでも違う。 じろーくんがおらず、たっくん一人だったら
全然違った選択をしただろう。
(抱っこはたくさんした方がいいと思っている)
いずれにせよ、大切なのは
「関わるか、待つか」を考え続けること。
そして
子どもたちの気持ちや意図を分かろうとすること。
1歳児でも、
子ども同士の関係の中で、
気持ちが動き、変化が起きている。
それを信じて待つこと。
でも、必要なときには関わること。
このあいだを行き来することが、
保育なのだと思う。
少しでも気になった方へ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回のような場面は、特別なことではなく、
日々の中で何度も起きています。
子ども同士で関わり、
気持ちをやりとりし、
少しずつ変わっていく。
そしてその変化は
子どもたちだけではなく
大人にも起きています。
子どもたちの中にあるものが、
少しずつ“出てくる”。
そんなふうに感じています。
そんな瞬間に立ち会えるのが、
この保育の面白さです。
もし、
・子どもの気持ちを大切にしたい
・急がせずに育ちを見守りたい
・自然の中でのびのび過ごしてほしい
そんなふうに感じる方がいたら、
一度、遊びに来てみてください。
無理におすすめはしませんが、
合う方に届いたらうれしいです。




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